川村 みきをの仕事のメモ

川村 みきをの仕事のプロセスでアウトプットされたものをメモしてるブログ

緑が美しく見事に調和した軽井沢の駅前は・・・

今まで日本全国様々な“ 駅前 ”という“ 駅前 ”を見てきた。

 

添乗員をやっていた時から、

人材サービス会社で地方圏での事業所展開をやっていた時も、
撮影収録で全国津々浦々を訪ねている今も含めて、

沖縄県以外の全ての都道府県の主要都市や地方都市の駅前に降り立ったことがある。

その中でもこの軽井沢駅の駅前は何ていうか、
その土地の特色に合った玄関口としては見事だと思う。


よく見かけるのが駅前だけ変に栄えていて、
5分も歩けば寂れた街並みに変わるような地方都市は多い。

そういう土地を見るとしょうがないのかもしれないけど、
観光客や仕事で訪れた人達はちと残念な気持ちになる。

 

別に駅前を栄えさせることがダメなんじゃない。

駅前だけ栄えさせて、あとは寂れたまんまというのがどうもいただけない。

統一感というかそういうことだ。

入り口だけが豪華な飲食店に入った時のあの失望感と似ている。

そういう視点に立った時に軽井沢の駅前は実に見事に軽井沢という土地の特色を演出しているように思う。

もっともそれは北口方面で、
有名な軽井沢のショッピングプラザがある南口は立派な観光名所のひとつなので、
そこはそれで成立していると思う。

軽井沢駅北口を出たところ1

軽井沢駅北口を出たところ1

軽井沢駅北口を出たところ2

軽井沢駅北口を出たところ2

軽井沢駅北口を出たところ3

軽井沢駅北口を出たところ3

軽井沢駅北口を出たところ4

軽井沢駅北口を出たところ4

軽井沢駅北口を出たところ5

軽井沢駅北口を出たところ5

軽井沢駅北口を出たところ6

軽井沢駅北口を出たところ6

軽井沢駅北口を出たすぐの道にあった花

軽井沢駅北口を出たすぐの道にあった花

ウェブと禅についての考察その2:出現したもうひとつの空間

めてインターネットにつながっているパソコンに、

ちゃんと触れたという実感があったのは、

アメリカのテキサス州キングスビルという街で暮らしていた時に通っていた、

大学のパソコンルームに置かれていたパソコンに触っている時だったと記憶している。

 

それは1997年のこと。

 

“ Yahoo ” という単語と“.com”という単語は雑誌か何かで何となく知っていたので、

うろ覚えな記憶を辿りアドレスバーに打ち込んだりして操作していた。

 

多分…ダイヤルアップ接続だったんだろう。

カタカタと画面がつながった時は、

不思議な感覚に包まれた。

 

“ この白い箱の中が 何らかの方法 で様々な場所や人とつながっているのか…  ”

 

そんなことを漠然と思った。

 

1997年頃のパソコンはこんな感じだったかな?

◆1997年頃のパソコンはこんな感じだった

 

あの頃は、

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ウェブと禅についての考察その1:背景にあるもの

2016年に入ってずっと、

頭をよぎっていたこのキーワード。

 

“ ウェブと禅(ぜん)”

 

まだ、それほどしっかり定義づけが出来ているわけじゃないけど、

全然違った性質の二つの概念?それか世界観?なんだけど、

妙に相性がいいように感じてしまうのが不思議だ。

 

それは、きっとこの世界の多くの住人が、

この世界に突如現れそして生活に浸透していった、

IT(アイティ)やウェブといった概念・世界観に、

どうやら翻弄されてしまっているかのように見えるからに他ならない。

 

 それはどういうことか?

 

1990年頃まで多くの人が仕事の道具として使っていたのは、

紙とボールペンそして、あっても電卓くらいだったと思う。

 

例えば・・・

 

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15年ぶりの軽井沢

実に15年ぶりの軽井沢訪問。

前回軽井沢に行ったのはまだ、
わたしがグッドウィル社の長野支店か松本支店で仕事をしていた
2001年頃だったからそこから15年の時を経たことになる。

当時はわたしが「軽井沢に行きたい」と同僚に頼んで連れて行ってもらって、
アウトレットで買い物したりボーリングしたりして遊んだことを記憶している。

そこから、15年後の今回は『婚活パーティの撮影収録』。

  

2016年5月22日はよく晴れた日曜日

 

この日は目覚めは良かった。

前日までに出来るだけ抱えている仕事を終えて気分も軽やかに軽井沢を楽しもうと、
北陸新幹線はくたか553号に乗り込む。

軽井沢へ向かう途中の北陸新幹線の車窓から

軽井沢へ向かう途中の北陸新幹線の車窓から


 

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